資産500万円セミリタイア生活

2015年、41歳の時に資産526万円でリタイアしました。進撃の無職。

私の考え

リタイア後の8年をふりかえる


リタイアして8年目が終え、年があければ私は50歳になります。リタイアした時は自由を手にして開放感でいっぱいでした。年齢も41歳で遅いとはいえまだギリ楽しめる年齢だと思っていましたし。。。もうこの先、好きなことだけをして生きる!なんて思いでいたのですが・・・。結局、自由を満喫出来たのは最初の1年9ヶ月だけで・・・・。父の転倒→パーキンソン病悪化で自由は儚く消えました。

ほんと一人の生活は最高です。ずっと実家に居続けてる人には分からないとは思いますけど一度出てからの出戻り組の人には分かってもらえると思います。一人がいいよ。まあ、若い頃に家を追い出されて17年間ほど大阪で一人で生活してたのでそれは自分にとってよかったけどさ。もう今の私にはありえないことだから・・・。

リタイア生活
2015(41)9月付き合う 11月リタイア
2016(42)9月破局
2017(43)1月付き合う 9月父親の認知問題発生 
     9月入院→退院後、自宅介護→12月再入院
2018(44)要介護4 2月介護施設入居 6月半同棲開始
2019(45)要介護4
2020(46)要介護3 1月武漢でコロナ発生  
   1月誤嚥性肺炎入院→退院、介護施設再入居 面会禁止 
2021(47)要介護3 5月破局 半同棲解消→出戻り
2022(48)要介護5 8月コロナ感染で入院 9月転医 10月死去
2023(49)父の一周忌 母現在75歳(介護継続中)


リタイア後の年表だ。今は母と私の二人暮らしをしている。元々うちの家庭では母が舌癌と診断されてから精神が病んで呑気症の症状が出て家の家事はすべて父親がやっていたんですよね。父が倒れて以降はしかたなしに最低限のことだけ母がやるようになったけど。。。基本あんまり動けないからさ。今は私がほとんどやってるんよ。

よく年取った老人がゴミ屋敷化しているのとかテレビでよくやってるやん。もう何もしないみたいな。セルフ・ネグレクトっていうらしいけど。母親なんて昔は料理も凝ったもの作ってたし掃除も頻繁にしてたしいろいろと凝る人やったんよ。趣味も多彩やったのに。。。それがもう掃除全くしないし料理も一人の時はサバ缶開けてそれだけとかかまぼこ切っておわりとか。そんな感じになってる。庭も昔はガーデニング?花植えたり家庭菜園で野菜作ったりしてたけど。。。雑草だらけになってるし。。。めんどくさいことはいっさいしなくなった。

私がしてるからまだマシやけど一人だけの生活やったらゴミ屋敷化しているんちゃうかな。前に母親が寝てる部屋に行った時にびっくりしたもん。寝室は私も入らなかったんよ。そしたらホコリが層になってたからな。よくこんなところで寝てたなってくらいホコリの毛布みたいになってた。そういや父の部屋もひどかったな。父の方は物であふれててゴミ屋敷化してたしな。たまにしか帰らないと気づかなかったことが住み始めると気づくことになる。なんでこんな状態になってんの?みたいな。物を溜め込んでるのはほんと注意が必要だ。(リビングとかキッチンとか共有の場所はマシなんだけど父も母も自分しか入らない場所はゴミの山と化してた。)でね。捨てると泣き出したり、あんたはなんでも捨てていくーとあとで攻めてくるしな。物を減らしていくのも時間が必要。ほんと大変だ。

親のことをばーっと書いてきたけど2024年に私は50歳になる。区切りの年だ。45歳あたりから明らかに気力、体力が落ちてきたと感じ元々行動しない人間だったけど、より何に対しても億劫になってきだしました。老化というやつだと思う。50歳、しっかりしないといけない。何かしらをしなければいけない!という思いはないけど少しは動かんととは思ってはいる。50歳になるし気持ちを新たにしたい。やる気はある。今の環境でなんとかスローライフを楽しみたい。

誠のサイキック青年団が青春だった話


私は若い頃、ラジオ「誠のサイキック青年団」を聞きまくっていた元サイキッカーだ。私の青春といってもいいんではないんだろうか。このことはあんまりブログで書いたことがなかったので改めて書いてみようと思う。

聞き始めたのは高校3年生の頃からなので1991年あたりから、毎週のように聞きカセットテープに録音して何度も聞いていました。本も買ってたし1人で外出をするってことなんてなかったのにイベントがあった立命館大学や神戸大学の学園祭とかに足を運んだし丸山野音や厚生年金会館までチケットとって行った記憶がある。ほんと青春なんて何も記憶がないような状態やったけどサイキックと競馬だけが心の隙間を埋めてたような学生時代でした(ちなみに私にとって遅れてきた青春がやってきたのは2000年以降で26歳からです。)

ラジオを聞くのをやめたのは2000年に仕事を辞めてひきこもった頃です。パソコンを購入してインターネットをやりだしてテレビじたいに興味がなくなり見なくなって俗世間のことなどに興味がなくなっていき。。。チャット、2ちゃんびたりになってしまってね。ゴシップとか全く興味がなくなったといいますか。。。。ラジオの話の内容がだんだん分からなくなっていき離れていったって感じです。2009年に問題があって番組が打ち切られ北野誠さんが謹慎になったニュースが流れてきた時には、へぇーって感想をもっただけでした。

サイキックの今
その後のことはテレビじたい見てなかったので正直良くわからなかったんだけど元彼女が名古屋でCBCラジオの誠さんのラジオのリスナーやったんですよね。それで久しぶりに誠さんの声を聞いて懐かしく思ってさ。何年ぶりやったやろ?15年ぶりくらい?私もちょくちょく一緒に聞いたりしてねイベントとかにも行ったりして。。。

あとはなんだろ?もう聞かなくなったけどYouTubeで「北野誠のとことん投資やりまっせ」とかもケリーアンさんがアシスタンとを交代するまで見てたかな。でです。YouTubeでラジオで気になった動画で聞くってことをたまにしていてですね。他の芸人さんのね。違法アップロードでしょうけど。。。たまたまあがってきて興味あるものだけ。で!これを見つけたんですよ。

www.youtube.com


ええええ!定期的にサイキックミーティングやってるやん!びっくりしたわ。竹内さんがYouTubeで仲間と集まってうだうだやってるのは知ってたんだよね。サムネイルしか見たことないけど。

でさ。びっくりしたのがジャンプ藤井って結婚してたってことだ。えええええ!絶対に非モテで私らと同じで生涯独身やと思ってたのにさ。あと板さんが定年退職って聞いてびびった。今は嘱託らしいです。ウィキ見てたら面白いね。番組内でもラジオ部署からテレビ部署に移動になったってのは知ってたけどさ。M−1に携わってたんやね。しかし懐かしくて何本かあがってるので時間があったら聞いてみようと思ってます。(^o^)v

デフレマインドの私が外食のことで思いなおしたこと


ふりかえる作業をしていて外食で思ったことをまとめたいと思います。



↑この記事で書いたように私は子供の頃にそんなに外食をする家庭ではなかったんですよね。外に食べに行くのは月1回とかそういう頻度でした。この頃、外食産業じたいも今みたいに大きな規模ではなかったのかもしれません。そこらへん、他の家庭のことはよく分かりません。

私は小さい頃に外食にそんなに行かなかったっていうのがあって成人してからもそんなに行ってないんですよね。お腹を満たすためにいく。それでいて男一人で入りやすいお店ってことで吉野家とか松屋とかそういうところくらいでさ。あんまりなかったんだわ。一人暮らしをしてからもあんまりいってないんですよね。日記を読み返して振り返ってもあんまりにもない。旅行に行けばお店をあらかじめ探していくけど、普段生活している分には外食は使わない。友達もいないからいくことがない。ひとりだと余計にいかない。って感じだったと思う。

例えば一人暮らしで8年くらい茨木市ってところに住んでたんだけど。。。お店。。。全く知らないからね。記憶にない。思い出もない。唯一たまに贅沢で行ってたのがやよい軒だったもんな。ほんと全く知らん。次に大阪市に引っ越してからも。。。ほんと元彼女と一緒に住み始めてからだよ。近所のお店にいくようになったのは。。。あとQR決済のキャンペーンとかウーバーイーツとかGOTOイートとかのおかげもある。ああいうお得なキャンペーンで使えるお店をマップで探していると。。。こんな店も家の近所にあったんや!とか知ることになるやん。それで自分の住んでいるエリアのお店を知るようになったってのもある。

ほんと改めてふりかえってみると。。。私って最近まで外食してなかったんよなと。

最近よくツイッターなどで「ここは美味しい!」って店のツイートが流れてきたりするんよ。へぇーこんなところあるんやーと思って調べてみると。。。先着30名だけの限定メニューやったりするわけよ。開店前から並んでようやく食べれるとかさ。まあ、だいたい行列になってる店だよ。そりゃあそうだわな。頑張って行列に並んで席についてすました感じで注文した料理の写真撮ってツイッターやインスタに載せてるわけよ。この量でこの値段で食べれる!みたいなツイートをさ。なんだかなーだよな。

テレビとかでも行列のお店とかやってるんだけど。。。50分待ちとかやで。わざわざそこまでして食べたいか?って思ってしまう。評判を聞いて店に行ったら行列やった。せっかくきたし並んで食べようってならまだ分かるけど。。。行列だと分かっていて何度もリピートしている人とかまじで意味が分からんよなってどうしても思ってしまう。

だがしかし私はまじで外食しなさすぎたって最近よく思います。美味しい物いっぱい食べたいのに。。。食べたいけど今は年とって食欲もなくなりつつある。ほんと食えなくなってる。意識して食おう!と思わないと食わないまま死んでいくことになると思う。悔いのないようにしたいと振り返りながら思ったのでした。デフレ節約脳の弊害だと思うわ。

2022年度食べたお店の総評

今年はリフレッシュ宿泊と称して食事もしたので感想を書き残そうと思う。

焼き肉ライク◉
一人でいくならここしかない!満足!!

からよし◉
ここのからあげは。。。店舗によって違うんかな。最初行ったお店は大きさとか見るとまあ、普通ってレベルでこんなもんかあって感じやったんやけど、他店舗にいくと満足度が高かったんよね。からあげの大きさの違いやろうけど。。。当たりの店舗もある。

串カツ✗(他の串カツ店にしたい)
串カツって美味しいはずなんだけど。。。店によって油がギトギトで胸焼けする場合あると分かりました。横綱は行きたくない。

神坐ラーメン△
昔めっちゃ美味しい!って思ったんやけど。。。ひさしぶりに食べたらそうでもなかった。もういかない。

煮干しラーメン△
普通。リピしない

神虎ラーメン△
普通

ダル食堂△
行く意味ない。

ホルモン食堂◉
美味かった。ホルモン焼きうまみゅー

ベルウィル◉
モーニングはやっぱ満足度が高い。

つるとんたん◉ 
美味しい。

松のや◉
とんかつ最高やね。

チキン南蛮食堂◉
美味しかった。チキン南蛮って料理じたいが美味しいだけやけど。

カプセルホテル館内料理△(夜食だけならあり)
満足度はやっぱ低い。夕食は外で食べるべきやなと思いました。夜食は館内でもいいと思う。ビールと1品みたいな感じで。。。

神戸中華街✗(人気店にいくべき)
ガラガラの店に入るもんじゃない。コンビニの冷凍食品の方が絶対に美味しいよ。行くんなら人気店にいくべきやな。

丸亀製麺◉
普通に美味いよね。

インド料理◉
マッチングアプリで会った時にインド料理屋さんに行ったんだけど。。。料理はいいんだけどこういう時ってしゃべるやん。しゃべってたらどんどんナンとか冷えていくやん。カチカチになるやん。マッチングアプリで使うのに適してないお店だったなっと思いました。

びっくりドンキー△(夕食やな)
ここで昼食食べるのはないよなあ。やっぱ夜に食べたいよなって思いました。

パン屋さんのパン◉
家の近所にパン屋さんがあるんだけど母が昔行ったら美味しくなかったって言ってたのでずっとスルーしてたんだけどさ。ローソンで買うのも飽きたし母の病院の帰りに寄ってみたのね。それが美味しくてさ。母も美味しい!って言ってくれたので最近は月1の病院帰りに家の近所のパン屋さんで買いにいってます。うん!美味しい!

近所のとんかつ屋さん◉
ここも気になってたお店なんだけど家族で平日に行ってみたのね。そしたら美味しくてGOOD!母も満足したみたいでまた、たまに行こう!ってことになりました。

くら寿司◉
正直あんまり行く気になれなかった回転寿司屋さんやったんやけど、FUJIWARAのYouTubeチャンネルの動画を見ていわゆる創作寿司みたいなやつ。牛カルビ巻とかエビのチーズのあぶりとかえびのてんぷら巻とかそういうのを食べていてさ。私って今までアボガド巻もそうやけどそういうおこちゃまが食べそうなのは避けてたんよね。普通の寿司ネタだけ!ってなってたから結局、サーモンくらいしか食べるものないなーってなってしまってたんだけどこういう創作寿司もありとなると選択の幅が増えるし年齢もいって10皿も食ったら満腹になるのでかなり満足のいくお店となった。

1974年生まれの情景


1974年生まれ、大阪府下
2度ほど引っ越したけど家から歩いて5分くらいのところにどちらも田んぼや畑がありました。小学校、中学校、高校と通学路には田んぼはあったし小学校の頃の同級生とかで家が農家。。。おそらく兼業農家だとは思うけど。。。そういう家庭もありました。家は地(じ)の人なので家は総じてでかかったけどね。瓦の家で庭ありで納屋とかもありそこに農業の道具とかあったように思う。

私が住んでいた住宅もまわりが田んぼだったので夏場とかカエルのゲコゲコという鳴き声が夜中は鳴り響いたという記憶がある。小さい頃は田んぼのあぜ道を歩いてよく足を踏み外して靴がドロドロになってた。学校からの帰り道でここ通ったら近道やねん!とか調子のってたらドロドロになるみたいな。田んぼがあるんだから近くに川がありため池もある。そういうのが当たり前の風景だった。私は釣りをする人間ではなかったので思い出みたいなのはないけど、稲を刈り入れたあとの冬場とか藁まみれになりながら遊んでた記憶はあるかな。今は高校卒業と同時に住まいを離れたので、30年たった今どうなってるかは分からないがGoogle Mapsで見る分にはまだ減ってるとはいえ田んぼはあるみたいだ。

うちの家庭では外食の思い出がそんなになくて。。。というか外食店も小さい頃はそんなになかったんじゃないかって思う。小学校の頃に毎週、日曜日に両親と車で近くのダイエーに食料品の買い物に行ってたんですよ。その帰りにドムドムバーガーでハンバーガーを買ってかえって食べるのが楽しみでした。あと外食は月1回だけ中華料理屋さんにいくのが行事みたいになっていてね。餃子の王将とかじゃなくて街の中華料理屋さん。そこでうちは4人家族で行って父親が単品をいっぱい頼んで、酢豚、八宝菜、エビチリとかそういうのと餃子頼んで家族でつっつくってのが定番だった。

それ以外だと回転寿司が出来た時に何回か連れていってもらったことがある。子供心に回転寿司行きたい!ってなったんだけどあの頃の回転寿司ってもうひとつだったんだろうな。この頃は寿司の出前みたいなのがあってさ。お婆さんのところに行くと桶に入った寿司で出前を頼んでくれたんよね。それを食べるのが正月とかお盆とかの恒例の行事になっていてさ。寿司ってこういうものってのがあって。。。それと比べると当時の回転寿司は一貫一貫小さいし子供でも美味しいって感じなかったので行かなくなったって感じかな。

ファミレスはほぼ行ってないと思う。というのも、うちの父親は店で口に出して言うのよ。まずい!とかさ。ファミレスではそういうこと言うんだよね。そうすると子供なので親が小さい頃からそう言ってるのでファミレスの料理ってそんなに美味しくないものって刷り込まれていくっていいますか。。。選択しなくなるんよ。なのでファミレスでまともに食べたのって25歳越えてからやと思う。その変わり家にお子様ランチのプレートみたいなの新幹線とか車とかの形した皿。あれはありましたよ。幼稚園くらいの頃までは家で親がお子様ランチを作ってくれてたのかもしれん。吉野家の牛丼とかも。。。私が小学校5年生の時にキン肉マンのテレビ放送があったんやけど。。。牛丼一筋300年うまいの早いの安いの〜ってやつ。もちろん吉野家なんて近所になかったので牛丼って東京の食べ物ってあの頃は思ってたもんな。大阪にもあるやん!って初めて食べたのも20歳越えてからやった。

コンビニもね。高校生の頃に近くにローソンが出来たのよ。それまでは都会だけにあるものって思ってたもんな。ジャンプは本屋で買ってたしパンは駄菓子が売ってたパン屋さんで買ってたしね。スイーツとかほぼなかったよな。誕生日とクリスマスの時だけケーキ買ってもらったくらいでさ。いつ頃やったっけ?ティラミスとかパンナコッタとかああいうのが流行った時。。。。でも当時、食ったっていう記憶はない。

今は毎週、スーパーでスイーツ買ったり惣菜パン買ったりしてるけど子供の頃はそんなんなかったよな。惣菜パンもスーパーに売ってるやつとか美味しそうなの皆無だったしさ。アイスは30円のソーダのアイスを駄菓子屋で買ってたわ。家だとレディーボーデンとか。。いや、年に何回かくらいだったな。ほとんどちゅーちゅーを冷凍庫に凍らせて食ってたわ。なのでスイーツはクリスマスや誕生日のときのみ。アイスは夏場だけちゅーちゅー。惣菜パンはお弁当のかわりに近くのパン屋さんで買ってもっていってた。

お菓子は。。。。駄菓子屋が近くにあった。今みたいなのじゃなくうまい棒も1本がでかかったんだよね。5本も買ったらお腹いっぱいになったんよお菓子パーティーとか言ってうまい棒を5本くらい買って20円とか30円くらいの袋菓子を食ったら満足してたんだよな。駄菓子屋もね。ちょうど小学校1年生くらいの時に初代ガンダムの時期やったんですよ。メンコとかガンダム消しゴムとかよくガチャガチャしてたよな。筋肉マン消しゴムが小学校5年生くらいの時。。。。びっくりマンチョコは小学校6年生卒業の時だったので少しだけして中学校にあがると同時に興味なくなったのでハマッてはないです。食に関してははっきりいって今と全然違うよね。昔はそもそも美味しいものがそんなになかったんだもん。今はスーパーに売ってるものやチェーン店にでもいけば普通に美味いもん出てくるもんな。冷凍食品とかも美味いしさ。

僕はサイレントテロリスト


サイレントテロ、この言葉はいつから出来たのだろうか?
2005年にはあったと思う。リーマンショック前にはすでにあったと思う。サイレントテロとは、改めてまとめサイトで確認すると自分が思っている以上の範囲まで言及されていたりするので全てを理解している人はいないかもしれない。まあ、現社会に対して物を言わない静かな抵抗って認識でいいだろう。

 消費を追求せず働くことも必要以上にせずにそれによって資本主義社会の経済を結果的に破壊させる行動でシロアリみたいな存在って感じですかね。長い年月をかけて破壊していく。「消費しない」「子供をつくらない」「働かない」これが3大原則になるんだと思う消費してお金を極力まわさない。消費して税金をとられることをしない。子供をつくらずに少子化を加速させて国の基盤を崩す。働かずにいると税金をとられない。これが基本なんだと思う。 よく日本人がお金をかけているものが、住居、車、子供、保険だとされている。これらの消費をなくす。それでも生きていくにはお金はどうしても必要になる。働かないというより必要以上に働かないっていうのが正解だろう。

 親がいれば親にたかればいい。
 国にたかれるならたかればいい。


 あるものを有効利用しよう。

 贅沢をしない。見栄をはらない。出来る限り金を市場にまわさない。なんどもいうようだけどこれに尽きる。現代社会は広告まみれの世界だ。誘惑に負けてはいけない。もちろん借金、ローンは厳禁だ。自分以外のものの為に働くなんてありえない。借金なんかするヤツはアホだ。奨学金も同様だ。消費を多くすれば消費税をとられる。車にのれば車検やガソリン税をとられる。酒飲めば酒税。たばこ吸えばたばこ税ギャンブルすれば控除率は25%はとられてる。出来る限り税金を払いたくなかったら消費を出来るかぎり減らすしかない。働けば働くほど税金はとられる。所得税、住民税。100万円以下の労働なら無税だ。国民健康保険も最低額になるし年金も全額免除される。搾取されたくなければ極力稼がなければいい。

 しかし声高にはこれらのことを周りには言うなよ。社会のインフラをフリーライドしているのだからな。サイレントテロリストは静かにしていることだ。必死に日本の経済の歯車をまわしている人をイラつかせるような煽りはしてはいけない。

 必要以上に消費しない

働かないわけではない。サイレントテロリストは必要以上に働かないだけだ。日本には義務がある。「納税の義務」「労働の義務」「教育を受けさせる義務」だ。税金は消費税払ってるからよろしい。労働も自分の為に家政婦やってるからよろしい。教育は子供いないからよろしい。そんなとこだ。

 市場にお金をまわさない。
 国にお金をとられない。


 なんども言うがこれが基本だ。はっきりいってサイレントテロは知らぬ間に日本の企業も力を貸しているのが現状だ。給料を下げて消費を出来ないような人間を量産しているわけだ。国も税金をどんどんあげて、企業も給料を下げて、国民も消費しないようになるこれぞ三位一体の改革だと思う。ちょっと私としては理不尽やなと思いつつも私と同じような人間が量産されていくので喜んでいたりもする。人間がゴミのようだ!とムスカ大佐のように10年後に叫べるような状況になっていたら嬉しく思う。

ダメなヤツほどセミリタイアを目指すべき!

 



セミリタイアは有能な人間だけがするものと思い込んでる人いるみたいだけど、そんな事はないのです。逆に有能な人間がセミリタイアなんてする必要性なんて全くない。だって自分本位に自由に稼げて生きていく事が出来るような強者なんだからどんな生き方でも出来るんですよ。セミリタイアを本当に考えなきゃいけないのは私みたいなダメで無能なヤツの方なんだよ。出来る人間ってセミリタイアはなかなか出来ない。仕事を途中でやめる事は勇気がいりますよね。出来る人にとっては機会損失が一番、嫌なはずだからね。

仕事をやめて楽な仕事をしつつ老後までって思っていてもさ。楽で薄給な仕事なんて今はないんですよ。薄給なだけできつい仕事はあるけどさ。それだったら今の仕事の方が立場的にも楽だし金も稼げるのでそれを手離してまでセミリタイアするなんてあほらしいって思うでしょ?出来る人がリタイアする時は、完全な解放出来るレベルに達した時のみ。アーリーリタイアですよ。もう時間に縛られずに自分の好きなものだけに余生を使いたいってさ。

なのでセミリタイアは出来ないヤツがするべきものなのです。 

年功序列じゃないけど年をとったところで年収もあがる見込みもない退職金の事も考える必要性もないそんな人間にとっては機会損失もなんにもない。だからセミリタイアに簡単に舵を取れるんですよ。

セミリタイアは優雅な余生を送る人ってイメージですか?

違いますよ。ただのむかしからある世捨て人。それでいいと思います。このままいけば、これから生涯で稼げる額なんておおよそ計算出来るわけでしょ?一度でも計算したことありますか?そしてその額はいくらになりましたか?あとはその額と機会損失するであろう額を両天秤にかけて考えればいいと思います。限界まで働く価値があるのか?それとも適当に働いて生きるべきかどうかをね。

社会不適合者
Bライフ、小屋暮らし、外こもりなどむかしからそういう社会の枠組みから逃げるような生活をする人がいます。消費を極力、減らすスモールライフを軸にして拠点をどこにするかって部分でいろいろ進む先が違ってくるように思います。シェアハウスや地方なども同じような感じですよね。自分は地方都市で安い賃貸借りて生活していくのが一番自分にとっていいと思うのでそういう暮らしをしております。他にもっとお金のかからない方法はあるのにーって思う人もいるだろうけど、私のスペック的に難しかったりするんだよね。コミュ障、人と接するの嫌い、不便なの嫌い、努力したくない、DIYとかしたくない、自作とかようせん。まあ、何も能力がない人間にとってはこれが一番いいと思っているだけなんだけどさ。

何が言いたかったかというとセミリタイアを考えながら生きていくのは大事なことだと思っています。何の準備もなくこの記事みたから明日からしようと思っても簡単には出来ません。ある程度のレベルに達してない無理な部分もあるから、セミリタイアを目指しながら生きるのはいいと思うんだよね。私も25歳くらいの時から2ちゃんの無職ダメ板の、労働解放スレとかみつつ、いつかは極力働かない生活したいなーって思いながら生きてきたわけだからさ。目指すのはいいことだと思います。準備にも時間かかると思うしさ、目指している最中にやっぱり違う生き方しよって思ったらそっちに舵を取ればいいだけの話やしね。

つうことで、きみもダメだと思うならセミリタイアを目指そうぜ!

ワーキングプア いくら働いても報われない時代が来るを10年ぶりに読んでみて思ったこと。

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2006年11月に出版された「ワーキングプア~いくら働いても報われない時代が来る」を久しぶりに見てみました。(この記事は2017年に書いたものです。)あれからまる10年がたっています。当時、テレビで「ワーキングプア」という言葉が頻繁に出ていました。ワーキングプアとは働く貧困層という意味で年収200万以下、月~金のフルタイムで働いて年収200万以下の層を指す言葉。たしか2006年の夏頃に私は取材を受けたと記憶しています。本にも32歳と書かれているのでちょうど10年前の私が掲載されています。ちょっとそういう話になった時に「知らなかったよ、記事にしてよ」って読者さんに言われたので改めて探してみたんですよ。

 押入れの片隅に10年前の私を見つけました。今日はそういうお話です。

  私のインタビュー記事は、10ページにすぎません。第四章:非正規として働く若者たち。の項に掲載されていました。

ドキュメント「ワーキングプア」⑦
「32歳、アルバイト。『10年後の未来は見えない』」

タイトルの『10年後の未来は見えない』だけで私やんって分かりますよね。実際にこの言葉をインタビュー中に使ったし、今までの人生の中でよく使っているしwこのタイトルだけでもああ。。。私やなってなつかしく思う。いや懐かしいって感覚じゃないな。10年前から変わらず私はそこにいた。

 「僕には欲望がない」

格差社会がもっと広がって欲しいと思ってますね。自分はこれ以上、上にあがることができないから。自分と同じ位置に大勢の人が落ちてくればいいな、と。そういう世の中を望んでいる。たとえが悪いですけど。江戸時代の士農工商制度。僕はずっと社会の最下層にいるんです。格差社会が広がっていけば、大部分を占めた農民が自分たちと同じ位置まで落ちてきてくれるわけだから。結果、僕というダメな存在が目立たなくなる。そうなってくれたらいいなと思っているんです。」大阪は梅田の繁華街。お好み焼きを食べ終わった頃、Sさんはそう答えてくれた。質問は格差が広がる現状について「ワーキングプア」と呼ばれる層についてどう思うか?というものだった。


人の思考ってなかなか変わらないものなんですね。私は未だに同じような考えをもっていますし未だに同じ話をしています。でも10年たってもそんなに格差はひろがらなかったよ。もっと凄い格差を想像してたのにな。10%の富裕層、30%の中間層、60%の貧困層っていうのが私の理想な世の中です。士農工商の話は、江戸時代じゃなしに明治時代の自作農が転落して小作人が大量に出たってイメージね。

「欲望がないんですよ。欲望がないために活力がわかない。だからダメなんでしょうね。それは自分自身よく分かっているんです。でも、無気力でダメな人間もいるんですよ。一生懸命働いて働いて、高収入を望んでいるのに裕福になれない。それが『ワーキングプア』だとすると、自分はどうなのか・・・。働くのは嫌だから最低限度の金しかいらないという考えなので。今はカツカツにすれば月8万円ぐらいでいけるんです。だから、12万も稼げれば十分に暮らせる。時給換算にすれば800円ぐらいの仕事を1日7時間、月~金のシフトで働けばいい。能力があるんならもっと上を目指してもいいと思いますけど、無い人間は、無いなりに割り切った。しかたないな、と」


変わっていませんよね。

この時期にはすでにサイレントテロの洗礼を受けていたからね。消費しない生活を目指すってのはこの時期には既定路線だったんよな。無能でも生きれる方法を10年以上前から模索してたわけだから、当然といえば当然だけど。こういうのってファッションじゃないんよ。流行ってるからとかじゃないんよ。生きる為にこの道しかなかったんよ。この文章のあいだにしょうもない経歴の話なんかいろいろしつつ・・・・。

生涯年収が6000万円にも届かない。

「あるとき、雑誌の記事かなにかでサラリーマンの生涯年収が約2億円、フリーターが6,000万というのを見たんですよ。それで、自分はどこに入るんやろうと思って計算したことがあるんです。データをまとめたりするのは好きなんで。そうしたら、20歳ぐらいから働き始めて12年。特にこの7年は一度も年収が200万を超えていない。全部足しても1500万円弱ですよ。果たしてこれで6000万に届くんかい?と。サラリーマンやったら年功序列で給料も上がっていくんやろうけど。俺は6000万円にすら届かない気がするなーと」きつい未来予想図のはずが、淡々と笑い飛ばすようなSさんの話し方からは暗さを通り抜けた諦観のようなものを感じた。


10年前の私に教えてあげたい。

生涯年収6000万はいかないかもしれんけど、でも10年後には生涯年収4000万は超えてるよ。しかしこのインタビューを答えている時はライブドアショック後なので貯金はすっからかんの時なんよな。それでいてまだ飲食業も入ったばかりの夏頃、これから地獄をみることになるなんてこの時は信じられないんだろうな。今から3年間血へどを吐きながら労働によって貯めた金が今度はFXで再度すっからかんになるんよ。そして職場でパワハラ受けてばっくれることになる。

 「未来?見えないっすね。5年後まではいけるなぁというのはあるけど。僕、27歳のときも同じようなことを言ってましたもん。30歳までは生きられる確信はあるけど・・・その先はどうなるかわからんって。でも、実際にはもうそこから5年が過ぎて、32歳になっている。これを乗り切ったと考えれば、ここからの5年はまだ見えるけど、10年後はやっぱり読めない。でも、まあ、なるようになれ、と。いや。やばいっすよ。ホント。やばいということは感じているけど、あんまり考えたくもない。たぶん、ここで考え込む人は鬱になっていくんやろうね。そういう意味では僕、楽観的な人間でよかったですよ。」


人って学習しない生き物なんだなってよく分かるよね。いまだに全くおんなじ思考だわ。直近の5年しか見れない。10年先は見えない。25歳のときは30歳以降は生きていけないと思っていたし、30歳の時は35歳以降は生きていけないと思っていた。同じく35歳の時は40歳以降は生きていけないと思ってた。生きていけないのでその年齢になれば死のうと思ってた。まあ、むかしから思考回路は変わらないなっと。40歳を超えたらもう正直どうでもいいと思っているのでそういうことは考えることはなくなったけど。それでも健康年齢的に2030年まででいいかなとは思ってる。

 楽観的ってのはやっぱそうなんだなと思う。ネガティブだけども最終的には楽観的なんよね。なんかあっても、まあ、しゃあないやんって最後にはなる。ええんちゃうん。てきとーで。あかんかったらあかんでええやん。みたいなさ。大阪人やからかな?10年前のインタビュー記事を改めて読んでみた感想は、変わってないなーってことだね。人って変わらない。変わった事といったらワーキングプアから無職プアになった事くらいですかね。


ワーキングプア~いくら働いても報われない時代が来る~



えっと。何ヶ月前かにインタビューを受けたと書いた事があったんですが。。その本が11月10日に発売されています。タイトルは「ワーキングプア~いくら働いても報われない時代が来る~」です。一ヶ月前くらいに宝島社から送られてきたんですが。。。読んでみて。。。あまりにも私のエピソードがバカっぽかったので。。。私の中で封印したとです。闇に葬られろっと。。。

でも。。。この前のNHK「ワーキングプア2」のおかげか。。。茶野さんが買われたらしく。。。バレてしまいました。ある契約社員さんも読まれたらしいです。なので。。。バレたんなら仕方がない。。このブログでも感想を書こうかと。まあ。一番最初にリンクしてくれているブログの中でこの本を取り上げたのは「つまんないからブログでも書いてみよう。」さんだったのですがねぇ。

で。。。この本の感想などを。といっても私はちゃんと読んでいません。この本の中に私を含めた10人のワーキングプア達のインタビュードキュメントが書かれているんですが。そこしかまだ読んでいないんですよね。

この本の趣旨ってさ。今は順風満帆な人生を歩んでいる人でもある時、突然にワーキングプアに陥る事になる可能性があるって事を書きたいように思う。インタピュー記事を読んでいてさ。たしかに私以外の人は全てこの本の趣旨に沿っているんですよね。ある人は会社を経営していたり店長であったり教師だったり、一流の大学を出ていたりってさ。ある転落のきっかけがなければ今でも快適な人生をおくっている人ばっかりなんですよね。私だけ。。。その点ではえらく外れている。ずっと低空飛行。。。ずっと底辺人生。。。なんじゃこれって感じだ。インタピュアーの佐口さんもこれじゃあ使えないなって思って。。。「20代半ばに挫折体験があった」って無理矢理にサブタイトルをつけたんだろうなぁ。挫折体験っていうより。。ただ使えなかったかったからクビきられただけなのにね。あはは。

それ以外にも私のエピソードに関しては少し違う部分もある。恐らく私のしゃべりが言葉足らずな部分があってインタビューアの佐口さんが補足した為に起こったことのようだ。まあ、別にいいけどさ。あと気になったのが。佐口さんがインタビューする相手をブログとかHPを管理している人に取材しにいっている場合が少なからずあるんですが。。。だいたいの人がインタビューで言っているんですよね。「ワーキングプアって言葉。。この取材の依頼がきて初めて知りました。私みたいな人間ってよそ様から見ればワーキングプアって思われているんですね。」みたいな事を。。。

で。。。私だけ「ああ!知ってますよ!この前のNHKのワーキングプアの番組も見ましたしねぇ!」て。。。。明らかにおかしいだろ。。。最後に「僕、楽観的な人間でよかったですよ!」って言って文章が終わっている。でも、これだけじゃ不正解。ネガティブだけど楽観的な人間。これが正解です。一つ一つの考えはネガティブなんだけど。。。。遠い未来とかになると。。。かなり楽観的なんですよね。だってそんな未来の事なんて考えても仕方ないし。ごちゃごちゃと遠い未来のことなんて考えるのなんて面倒やねんもん。とりあえず。。。今を生きろ!ってことです。高校の時に唯一見た映画は。。。「今を生きる」以上です。
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名前:くらげ
2015年にリタイアした
今後は適当に生きる
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